「カイコにもオスとメスがあるんですか?」と工学部の教授に尋ねられた事がある。もちろん,蚕には雌雄がある。ほとんどの動物には雌雄がある。しかし,「オスって何?」「メスって何?」と尋ねられると上手く答えることができない。生物学的にはきっちりした性の定義は無い。運動性を持つ小さな配偶子(精子)を作るものがオス,運動性の乏しい大きな配偶子(卵子)を作るものがメスである。ミミズやカタツムリなどは1個体で精子も卵子も作る。雌雄同体と呼ばれている。また雌雄が変わるものもいる。メスがオスに変わったり,オスがメスに変わったりする生き物もいる。寿司ネタの甘エビはオスからメスに変わる。魚は雌雄が変わるものがいる。有名なのはクマノミ。群れの中の一番大きい個体がメスで,そのメスが居なくなると次に大きな個体がオスからメスに変わるという。クマノミが主人公のディズニー映画ファインティングニモはお母さんが居なくなるという話だった思うが,そうするとお父さんはお母さんに変化してしまう,,,,。魚の性は遺伝的な影響より性ホルモンの影響の方が大きい。爬虫類のカメやワニの性は環境によって変わる。卵の時の温度で雌雄が決まる。私たち人間,哺乳類は性染色体のY染色体上に精巣を誘導する遺伝子がある。精巣ができるとそこから性ホルモンが放出されて男,オスの体作りが起こる。何もしなければ女,メスになっていくものを男,オスに変えていく。雌雄の性はキッチリしたものではなく,実はわりと連続したものである。
カイコをはじめとする昆虫では性ホルモンが無いので遺伝的に雌雄が決まる。カイコは遺伝子によって性が決まることが最初に分かった動物である。性染色体のW染色体上にメスを決める遺伝子があることを1933年橋本春雄博士が見つけている。この遺伝子はオスになることを強く抑制するので,この遺伝子の有無で雌雄が決まる。
カイコをはじめ多くの動物は通常,雌雄が居て,雌雄が交尾して,卵の中に精子が侵入して次の世代が生じる。ところが,メスしか居ない動物や,精子が無くても次代が生じる動物がいる。魚類,爬虫類でメスしか居ない種が多くいる。昆虫は100万種くらいいるうちの2%くらい,2万種がメスだけ生殖できると言われている。このメスだけで次代を生じる生殖法を単為生殖という。ナナフシ(ナナフシモドキ)はメスしか居ないことで有名である。確かにナナフシは動かないので雌雄の出会いが無いためにメスだけで次代を作るしかないのであろう(生息地の狭い島や高山に住むナナフシでは雌雄がいるそうである)。
カイコは通常交尾して次代が生じるが,未受精卵に刺激を与えると精子が無いにも関わらず発生してくる。人為的に単為生殖させることができる。19世紀から様々な刺激で単為生殖(発生)の研究が行われてきた。高温,低温,遠心,酸など色々試されてきた。ソ連のアスタウロフ博士は46℃のお湯に18分浸漬すると極めて高い単為発生を誘発することを見出した。酸や高温とか休眠打破(浸酸)法と同じような処理条件である。何でこんな条件で単為発生や休眠打破が起こるんだろう?自然界でこんな条件はあるんだろうか?と思っていた。
カイコを飼っていると要らなくなった幼虫や卵を産み終わった蛾を桑畑の隅の穴に捨てている。カイコを捨てると数時間で捨てられたカイコは居なくなっていた。捨てられたカイコを目当てに鳥がやってきて食べてしまっていた。研究室の学生や私がゴミ捨てに行くと餌が得れることを覚えた鳥は待ち構えるようにさえなっている。
鳥は恒温動物,消化液は酸性である。これは単為発生の誘発条件や浸酸と同じっポイ。とりあえず,休眠打破するかどうか受精卵をムクドリに食べさせてみた。なんとほぼ100%の卵が消化されずにフンと一緒に排泄された! 残念ながら休眠が破れることはなかったが,カイコの卵は消化されず,潰されることなく鳥の体内をす素通りしてきた。カイコの休眠打破に鳥は関係なかった。次に鳥体内で単為発生が誘発されるか,未受精卵を鳥に食べさせてみた。ワクワクしながらフンを回収して排泄された卵を保護してみたら,何と単為発生してきた! 体内に卵を持つメスが鳥に食べられても,卵は消化されず,さらに温度(体温)と酸(消化液)で単為発生が誘発される! 食べられても次代を残すことができる! カイコは野外におらず,野外で生息しているチョウ目で同じ事を試しているが,チョウ目は単為生殖するものがなかなかいないため現在四苦八苦しながら試している。
昆虫は鳥類に食べられまくっている。たとえば燕は昆虫などの節足動物を餌として子育てしている。燕の体はほとんど昆虫を食べてできたものである。昆虫は鳥に食べられるだけで何も抵抗しないのかといえば,鳥の居ない時(夜)に活動して食べられないようにしているくらいである。本当にそれだけだろうか?
カイコの未受精卵を鳥に食べさせていた頃,神戸大学の末次健司教授はナナフシで同じ事を考えており,一緒に実験した。ナナフシは普段から単為生殖しており,卵さえ未消化で排泄されればOKである。試したところナナフシ卵はカイコ卵より若干壊れやすかったが,ほとんどが排泄され,そして無事孵化してきた。ナナフシは翅が無いため生息域をどのように拡大しているか分からなかったが,鳥に食べられて,そのフンと一緒に排泄された卵から次代が生じるので鳥が飛んだだけ生息範囲が広まることが推定された。末次健司教授は本来植物が専門だが,ナナフシの卵は植物の種に似ていると研究を続けておられる。
