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喜多川歌麿の浮世絵と飛ぶ蚕蛾

九州大学の藤井博教授は1990年の日本蚕糸学会第60回学術講演会において演題「カイコは飛ぶ能力を失ってしまったか?」と、ちょっと変わった口頭発表されている。

だいたい学術講演会では最新の研究をなされる。
当時は蚕を用いた分子遺伝学の研究が多かった気がする。

そんな中、蚕蛾が飛ぶと言う話は個人的には衝撃であった。
蚕蛾は飛べないものの、羽ばたきはする。
元気な蚕蛾を手から放すと滑空するものがいたりする。
そんな元気な蚕蛾同士を交配していくと13世代で飛ぶ蚕蛾あらわれた。
そして、蚕蛾は2階の屋根を越えて飛び去ったという。

私が教わった家蚕生理学の向山文雄教授の口癖が「カイコは飛ばない」であったこともあり、翅があっても飛ばないことは当たり前と思っていた。
蚕を飼育していても飛ぶ蚕蛾は見たこともなかった。野外に生息するカイコの祖先種クワコ(Bombyx manadrina)の蛾は飛翔する。
それから家畜化した蚕蛾は飛ばない。
では、蚕蛾は飛ばないがいつから飛ばなくなったのかなぞ考えてもみなかったので私にとっては衝撃的であった。

蚕蛾がいつから飛ばなくなったかは記録に無い。
人はごく当たり前の事は記録しないのだろう。
藤井教授は歌麿の浮世絵 女織蚕手業草八(図1)をスライドで示された。

喜多川歌麿 女織蚕手業草 八 1794-1813

歌麿の浮世絵 女織蚕手業草八(図1)

そこには飛んでいる蚕蛾が描かれていた。これも衝撃的であった。

江戸時代、今から200年くらい前では蚕蛾が飛んでいた!
そして、名高い喜多川歌麿が養蚕の浮世絵を描いていた!

藤井教授は「歌麿が実際に蚕糸業の現場を見たかどうか分からないが、江戸時代には蚕蛾が飛んでいたかもしれず、飛ばなくなったのは近年かもしれない」と述べられていた。
この蚕蛾が飛ぶ蚕系統を藤井先生は“飛蚕(とびこ)”と名付けておられた。

“飛蚕”の育成に学生の頃関わった信州大学の白井孝治准教授に当時の事を伺ったところ、「よく羽ばたき、よく滑空する蚕蛾を継代していくと、翅の大きさはほとんど変わらないが個体自体は小さく軽くなっていった。」と述べられていた。

今の蚕は良く食べ大きく育種されてきたので重くて飛べなくなったのであろう。
残念ながら蚕蛾が飛ぶ形質について遺伝的に解析したが、1つや2つの遺伝子の関わりではなく、主となる遺伝子は見つからなかったこと、継代が大変だったため現在では飛蚕系統は絶えてしまっている。
白井准教授は「藤井教授は“飛蚕(とびこ)”と呼んでいたけど、学生は選抜・育成や遺伝解析が大変だったので“飛蚕(ひさん:悲惨)”と呼んでいたよ」と。

 

歌麿のこの浮世絵はすでに描かれていた勝川春章・北尾重政の「絵本宝能縷」の構図と似ている。
歌麿は蚕糸業の現場を見たことがあるだろうか?

出生地、出身地などは不明だそうだ。
江戸で育ったならまず見たことはなく、「絵本宝能縷」を参考に描いたのだろう。飛ぶ蚕蛾は歌麿、春章・重政以外にもあり、全く違う構図のものもある。
彼らは飛ぶ蚕蛾をみたのだろうか?

(横山 岳)

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